持続可能な都市・東京

『コルヌトピア』津久井五月=著(早川書房

コルヌトピア

コルヌトピア

 


 都市計画の「いま」は、経済成長期の人口/産業集中のために土地利用の秩序をある水準以上に保ち、インフラの整備に躍起になっていた頃と違う。言わば、都市は成長を終えて成熟し、新たな価値を見出すべき段階にある。
 その都市に付加される価値のひとつが「環境との共生」である。
 都市機能が集積し、ひとの行き来が多い都心は、建築物や自動車から排出されるCO2が高密度になりやすく、さらにエネルギー消費量の割にその運用までが非効率であるから、環境への負荷が大きい。緑被率の減少によって、ヒートアイランド現象や生物多様性の衰退も問題にされている。そうした状況で、持続可能な環境配慮型都市への転換が望まれているのだ。
 そこで「もし植物による演算処理が可能だったら」という仮定を起点とし、演算植物による東京という都市のランドスケープの変容を外挿(エクストラポレート)してみる。『コルヌトピア』は、そうやって延長させた直線のさきに、持続可能な都市という理想を一石二鳥的に達成した「2084年の東京」という点を推定し、その「緑のメトロポリス」のイメージを描きだす。

 タンパク質の化学修飾によって情報を読み書きし、植物を計算資源として利用する技術〈フロラ〉。2049年の都心南部直下地震で被害を蒙った東京は、この技術を大々的に導入する方向に復興を推し進めた。
 二十三区を巨大環状緑地帯(グリーンベルト)がぐるりと取り囲み、その歪な環を成す額縁のなかには「緑と灰の緻密なモザイク画」よろしく造形された東京という都市の風景がある。
 街路樹が積極的に植えられているのはもちろん、震災後に所有者のいなくなった土地を整備・植樹してヴォイドとして機能させたり、建物のファサードをフロラ化した植物で彩ったりすることで、灰色の都市内部で緑が創出されている。しかもそれは単調均質な緑ではない。フロラは多種多様な植物を統合することで構築される情報処理システムだ。動物や昆虫までを含めた生態系が豊かであればあるほど、フロラは演算に利用可能なパタンを創発し、これは生物多様性保全にも貢献するだろう。そして、都市に接続されたグリーンベルトは膨大な計算資源であると同時に、緑地発電によってエネルギーをも供給するのだから、東京はまさに持続可能な都市である(野菜そのものをフロラ化して生産管理を行っている描写もあるので、食に関しても持続可能なのかもしれません)
 そうした緑化が都市の景観を大きく更新している一方で、根底で「東京らしさ」を失っていないのも『コルヌトピア』の魅力のひとつだ。あちらには〈超高層樹林〉と称される高層オフィスビル群が林立し、こちらには袖看板を兼ねたガラス製の採光装置とフロラが猥雑に配されたエキゾチックな新宿の街並みがある。かと思えば、タンポポの綿毛からのアナロジーで設計された繊細なガラス建築が、木立のあいだに見え隠れする。緑とコンクリートと鋼鉄の異質なものどうしが作りだす断片的な風景。しかし、そのどれもが「東京」であり、重なりあってひとつの都市を構成する。そこには瑞々しく輝く東京が封じられたカレイドスコープを覗きこむかのような楽しさがある。