ニューシネマ時代の到来を告げる八十七発の銃弾

俺たちに明日はない」“Bonnie and Clyde”

1967年 アメリカ 111分

監督:アーサー・ペン
製作:ウォーレン・ベイティ
脚本:デヴィッド・ニューマンロバート・ベントン
撮影:バーネット・ガフィ

音楽:チャールズ・ストラウス
出演:ウォーレン・ベイティフェイ・ダナウェイ、マイケル・J・ポラード、ジーン・ハックマンエステル・パーソンズほか


 ボニー・パーカーフェイ・ダナウェイの赤い唇が、画面いっぱいに映しだされる。
 裸姿の彼女はベッドに横たわり、苛立ちを湛えた目つきで宙を睨む。鬱積した欲求不満のはけ口を見つけられないでいるのだ。だが窓辺から外を眺めると、男が母親の車のなかを覗き込んでいて――
「ちょっと! それはママの車よ」
 かれが見上げる。ふたりの視線があう。
「待ってて!」
 急いで階段を駆け下りる。
 ――ボニーは無法者であるその男、クライド・バローウォーレン・ベイティに刺激を感じ、惹かれあっていく。1930年代初頭の大恐慌時代、ふたりはテキサス州ダラスで出会い、体制に反逆するギャングカップルとなり、やがて破滅するまでの過程がスクリーンに投影される。

 しかし、なぜ60年代後期のアメリカで、ロバート・ベントンデヴィッド・ニューマン大恐慌を扱った、しかも実在した悪党を主人公に据えた脚本を仕上げ、ウォーレン・ベイティはその製作に踏み切り、アーサー・ペンは監督を引き受けねばならなかったのか。
 言い換えれば――、
俺たちに明日はない」は大恐慌期の30年代へと遡行することで、60年代アメリカ社会のどんな状況を映しだしたかったのだろうか。

すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている

(「独立宣言」)

 歴史家のジェームズ・トラスロー・アダムズが著書『The Epic of America』(1931)のなかで「アメリカン・ドリーム」という表現を使いはじめるときを待つまでもなく、「独立宣言」がそれを謳ったように、すべての国民が幸福を掴み得ることは「アメリカの夢」だった。
 この「夢」には、相反するふたつの意味合いの幸福が含まれる。
 一方は、植民地時代/西部開拓時代に育まれた倫理的徳による幸福。当時のアメリカ人は、未開の荒野のなかで家族や共同体を守り抜く“友愛”や“正義”の心情によって束ねられていた。
 もう一方は、金ぴか時代を経てフロンティアが消滅する19世紀末ごろから首を擡げてきた、経済的成功の幸福(「アメリカン・ドリーム」と聞くとこちらを思い浮かべるでしょう)。工業化/都市化の波が押し寄せたことによる資本主義の急速な発展は、アメリカの土壌に物質万能や金銭尊重の個人主義的思想を醸成させた。
 このふたつの理想が互いに対立するものでありながらも、アメリカ社会を円滑に機能させるための要であることに疑いはないが――

 60年代は、その「アメリカの夢」の欺瞞が綻びを見せた時代だった。
 黒人たちによる公民権運動が契機となって、いままで夢見る権利を与えられなかった被抑圧者たる先住民、ラテン・アメリカ系米国人、女性らが声をあげた。公民権運動に理解を示す者の暗殺があった。そして、65年の北爆開始によってベトナム戦争が泥沼化した。ナパーム弾がアジア人の肉体を焼き払い、いつ終わるとも知れない戦争によって同胞の兵士たちは、遺体袋に包まれた状態で故郷へと還ることを強いられた。アメリカ社会はその内部で分裂をはじめ、対立するふたつの「夢」の葛藤に苛まれることになる。

 しかし――、分裂と葛藤が表面化したのは60年代が初めてではない。
 30年代の経済崩壊によって、アメリカが抱いてきた社会の理想とその神話はすでに一度解体されていたのだ。

 第一次大戦後の20年代、アメリカは戦争景気を足がかりとして大量生産/大量消費による経済的成功を掴んだが、その「永遠の繁栄」(ハーバード・フーヴァー)が文字通りの永遠になることはなかった。1929年、ウォール街の株価大暴落をきっかけに資本主義の危機は顕在化し(以前から農村部の景気は停滞気味でしたが、多くの民衆はこれに無関心だったのです)大恐慌時代が幕をあげる。
 街は恒常的な失業者の大群であふれ、餓死に怯えながら日々を生き抜くかれら大衆の絶望や失望、虚無感……そして怒りは、貧困を救済しない政府はもちろんのこと、銀行や大企業など、“友愛”の精神に欠ける体制側への反抗の機運を高めた。

「仕事は、銀行強盗です」(クライド・バロー)

 ボニーとクライドが銀行に家を奪われた一家と出会うシーン。クライドは義憤に駆られ、“市民銀行所有”を示す看板を銃弾で撃ち抜くが――そこには「資本主義体制 対 体制に抑圧される国民」という構図が示す「アメリカの夢」のジレンマがある。

 そしてーー、
「家族/仲間との連帯感や助け合いの精神」と「成功を渇望する思想」を巡る対立が解消されることはなく、ふたつの「夢」の調和を見ることはかなわない。

 ボニーとクライドに不良青年のC・W・モス、クライドの兄バックとその妻ブランチを加えた“バロウズ・ギャング”は、数々の銀行襲撃と殺人を重ねていくが、ある日、気まぐれに車に乗せた男が“葬儀屋”であることを知ると、ボニーはギャングの終焉を、つまりは自分たちの死を意識する。
 彼女が現実から逃げだすようにして分け入るトウモロコシ畑、そのうえの空はどんよりとした雲で覆われ、白い空は鬱然として暗い。つづくボニーが家族と再会するシーンでも画は鮮明さを失い、死を前にしたひとときの夢であるかのように思わせる。

「初めのうちは世界を征服したみたいだったけど、もう終わりね」(ボニー・パーカー)

  バックは保安隊との撃ちあいで死亡、ブランチも逮捕され、C・W・モスの実家に潜伏したボニーとクライドであるが、モスの父親の密告によってふたりもついに終わる。待ち伏せした保安隊が撃ちこむ八十七発の銃弾が、かれらを絶命させる。保安官=体制側の銃撃によって消し去られる肉体――その最後の運動を捉えた映像は、複数の異なった速度で撮影されたショットを巧みに編集することで、暴力のなかに叙情性と詩的な美しさをそなえていた。
 60年代になっても依然として揚棄されない、ふたつの「アメリカの夢」。
俺たちに明日はない」のラストシーンは、その原因を体制に求めるムーヴメントの象徴となり、アメリカン・ニューシネマ時代の到来を告げた。